「親が認知症になる前に、実家や預金の管理を子に任せられる仕組みを作っておきたい」。そうした目的で検討されることが多いのが、家族信託(民事信託)です。
成年後見制度より柔軟に財産を管理・処分できる一方で、始めるときにまとまった費用がかかり、設計を誤ると税金や家族関係のトラブルにつながることもあります。
このページでは、家族信託の費用を項目ごとに分けて、法令で決まっている部分と事務所ごとに異なる部分を区別して整理します。あわせて、家族会議から運用開始までの手順と、成年後見・任意後見との違いも説明します。
家族信託とは
家族信託は、自分の財産(不動産や預金など)の管理・運用・処分を、信頼できる家族に託す契約です。「家族信託」は法律上の正式な名称ではなく、2007年に施行された現行の信託法にもとづく信託のうち、家族間で行うものの通称です。
登場するのは次の3者です。
- 委託者:財産を託す人(例:親)
- 受託者:財産を預かって管理する人(例:子)
- 受益者:信託された財産から利益を受ける人(例:親本人)
親を委託者兼受益者、子を受託者にする形が一般的です。たとえば実家を信託すれば、名義は受託者である子に移りますが、売却代金や家賃は受益者である親のために使われます。
親の判断能力が低下した後も、子が契約の範囲で実家を売ったり貸したりできます。
なぜ「元気なうち」なのか
家族信託は契約なので、委託者である親に契約内容を理解して判断する能力が必要です。判断能力が低下した後は契約できず、財産管理の方法は成年後見制度に限られます。
厚生労働省が公表した推計(九州大学 二宮利治教授らの研究)では、2025年の認知症の高齢者は約471.6万人、軽度認知障害(MCI)の高齢者は約564.3万人とされています[7]。親の判断能力の低下は、どの家庭にも起こりうることです。
費用の内訳
家族信託の費用は、次の4つに分けると整理しやすくなります。法令で決まっているのは公証人手数料と登録免許税で、専門家への報酬と口座の手数料は依頼先によって異なります。
専門家への報酬 + 公証人手数料 + 登録免許税 + 登録免許税 + 信託口口座 = 総額
専門家への報酬
事務所ごとに異なる
公的な基準はない。設計・契約書作成・登記申請などの範囲で変わる
公証人手数料[4]
目的の価額に応じて決まる
信託契約を公正証書にする場合。信託の公正証書は加算あり
登録免許税(土地の信託登記)[3]
固定資産税評価額×0.3%
2029年3月31日までの軽減税率
登録免許税(建物の信託登記)[2]
固定資産税評価額×0.4%
不動産を信託する場合
信託口口座
金融機関ごとに異なる
預金を信託する場合
総額
信託する財産と、専門家に依頼する範囲で決まります
※専門家への報酬と信託口口座の手数料には公的な基準がありません。見積もりの内訳で比べてください。
1. 専門家への報酬
家族信託の設計や契約書の作成は、司法書士・弁護士などに依頼するのが一般的です。報酬には公的な基準がなく、信託する財産の額に応じた料率で決める事務所や、定額の事務所など、決め方もさまざまです。
比べるときは、見積もりに次のどれが含まれているかを確認しましょう。
- 家族構成や財産の聞き取り、信託の設計(コンサルティング)
- 信託契約書の作成と公証役場との調整
- 不動産の信託登記の申請
- 信託口口座の開設の支援
- 税理士との連携(税務の確認)
- 契約後の相談や変更手続き
「総額」だけを比べると、含まれる範囲の違いに気づきにくくなります。内訳を出してもらい、同じ条件で比べることが大切です。
2. 公証人手数料
信託契約は、法律上は公正証書でなくても成立しますが、内容を明確にし、金融機関で信託口口座を開くために公正証書で作るのが一般的です。
公証人手数料は政令(公証人手数料令)で決まっています。日本公証人連合会によると、2025年10月1日施行の改正後の基本手数料は、目的の価額に応じて次のとおりです(一部抜粋)[4]。
| 目的の価額 | 基本手数料 |
|---|---|
| 1,000万円超3,000万円以下 | 26,000円 |
| 3,000万円超5,000万円以下 | 33,000円 |
| 5,000万円超1億円以下 | 49,000円 |
信託の公正証書には加算があり、日本公証人連合会の案内では、信託財産が1億円以下の場合は基本手数料に13,000円が加算されます[4]。
公証人に自宅や施設へ出張してもらう場合は、日当(1日2万円、4時間までは1万円)と旅費がかかり、病床での作成では手数料が加算されることがあります[4]。実際の金額は契約の内容や枚数でも変わるため、依頼する専門家や公証役場に確認してください。
3. 信託登記の登録免許税
実家などの不動産を信託すると、名義を受託者に移す登記と、信託財産であることを示す信託登記をします。
| 対象 | 税率 | 根拠 |
|---|---|---|
| 土地の信託登記 | 固定資産税評価額×0.3% | 租税特別措置法の軽減税率(本則0.4%) |
| 建物の信託登記 | 固定資産税評価額×0.4% | 登録免許税法(本則) |
国土交通省の「令和8年度税制改正概要」によると、土地の信託登記の軽減税率(0.3%)は、2026年4月1日から2029年3月31日まで3年間延長されました[3]。
計算例:固定資産税評価額が土地1,500万円・建物500万円の家の場合 1,500万円×0.3%=4.5万円、500万円×0.4%=2万円で、登録免許税は合計6.5万円です。これに司法書士への報酬が加わります。
4. 信託口口座の手数料
預金を信託する場合は、受託者の個人口座とは別に、信託財産を管理するための「信託口口座」を作るのが一般的です。取り扱う金融機関は限られており、開設の条件や手数料も金融機関ごとに異なります。
受託者の個人口座で管理すると、受託者の財産と混ざってしまい、受託者が亡くなったときなどに信託財産と区別しにくくなります。開設できる金融機関を、契約書を作る前に確認しておきましょう。
継続的にかかる費用
- 信託監督人・受益者代理人:受託者を監督する第三者を契約で置くことができます。専門家に依頼すると報酬がかかります。
- 税務の手続き:信託財産から家賃などの収益がある場合、受託者は原則として毎年、税務署に「信託の計算書」を提出します[6]。不動産所得の確定申告は受益者の名義で行います。
家族信託の進め方(7ステップ)
家族会議で目的を決める
何のために信託するのか、受託者を誰にするかを話し合います。
信託の中身を設計する
信託する財産、受託者の権限、期間、終わったときの帰属先、予備の受託者を決めます。
専門家を選んで相談する
見積もりの内訳と、契約後の対応を確認して比べます。
信託契約書を作り、公正証書にする
委託者と受託者が公正証書を作成します。契約時には、親に判断能力があることが前提です。
不動産の信託登記をする
所有権移転と信託の登記を申請します。登記事項証明書に受託者の名前と信託の旨が記載されます。
信託口口座を開く
信託口口座を開設し、信託する預金を移します。
運用を始め、受益者に報告する
受託者は帳簿を作り、毎年1回一定の時期に書類を作成して受益者に報告します。
家族会議で決めること
最初に「何のために信託するのか」を家族で話し合います。
- 親が施設に入るとき、実家を売って費用に充てられるようにしたい
- 賃貸アパートの管理を子に引き継ぎたい
- 親の判断能力が低下しても、預金を親の生活費のために動かせるようにしたい
あわせて、受託者を誰にするか、ほかの兄弟にどう説明するかも決めます。受託者だけで話を進めると、後で「財産を独り占めしている」と疑われる原因になります。兄弟全員に目的と仕組みを共有し、話し合いの内容をメモに残しておきましょう。
信託の中身で決めること
| 決めること | 内容の例 |
|---|---|
| 信託する財産 | 実家、余裕のある預金、賃貸物件 |
| 受託者の権限 | 売却・賃貸・建替えをしてよいか、借入れをしてよいか |
| 信託の期間 | 委託者(親)が亡くなるまで、など |
| 信託が終わったときの財産の帰属先 | 誰が最終的に財産を受け取るか |
| 予備の受託者 | 受託者が病気や死亡で続けられないときの交代要員 |
日常の生活費の口座まで信託すると、毎月の支払いにも受託者の手間がかかります。「判断能力が低下すると動かせなくなって困る財産」を中心に選ぶのが一般的です。
親が亡くなった後の受益者まで順に決めておく「受益者連続型の信託」もあります。信託法91条により、信託から30年を経過した後に受益権を取得した受益者が亡くなるまでなどの期間制限があります[1]。設計が複雑になるため、必要性を専門家とよく相談してください。
専門家を選ぶときの確認点
家族信託を扱う司法書士・弁護士は多くいますが、事務所によって扱ってきた件数や得意分野に差があります。初回相談では、次の点を確認すると比べやすくなります。
- 家族信託を扱った実績
- 見積もりの内訳(報酬・公証人手数料・登録免許税・口座)
- 契約までにかかる期間の見通し
- 税理士との連携の有無
- 契約後の変更や相談への対応
運用開始後の報告
受託者は、信託財産の帳簿を作り、毎年1回一定の時期に、貸借対照表や損益計算書などの書類を作成して受益者に報告する義務があります(信託法37条。契約で別の定めをすることもできます)[1]。
家族信託では、ほかの兄弟にも報告書を共有しておくと、相続のときの行き違いを防げます。
税金で気をつけること
- 委託者と受益者が同じ(自益信託):親が委託者兼受益者なら、信託をしても財産から利益を受ける人は変わらないため、信託したことで贈与税はかかりません。
- 委託者と受益者が違う(他益信託):適正な対価を払わずに受益者になった人は、贈与または遺贈で取得したものとみなされます(相続税法9条の2)[5]。
- 相続のとき:受益者である親が亡くなると、受益権は相続税の対象になります。信託をしても相続税が減るわけではありません。
成年後見・任意後見との違い
| 比べる項目 | 家族信託 | 任意後見 | 法定後見 |
|---|---|---|---|
| 始める時期 | 判断能力があるうちに契約 | 判断能力があるうちに契約し、低下後に効力発生 | 判断能力が低下した後に申立て |
| 支援する人を決めるのは | 本人(契約) | 本人(契約) | 家庭裁判所 |
| 不動産の売却 | 契約で定めた範囲で受託者ができる | 任意後見人が代理できる(監督人の監督あり) | 居住用不動産は家庭裁判所の許可が必要 |
| 介護施設の入所契約など | できない(財産管理のみ) | 契約で定めればできる | できる |
| 家庭裁判所の関与 | 原則なし | 任意後見監督人を通じて関与 | 直接監督 |
家族信託は財産の管理に特化した仕組みで、介護や医療の契約などの「身上保護」はできません。そのため、家族信託と任意後見を組み合わせることもあります。
最高裁判所の統計では、2025年に選ばれた成年後見人等の約83.6%は親族以外でした[8]。法定後見になると、家族が後見人になれるとは限らず、専門職への報酬も本人が亡くなるまで続くのが現行制度です。費用の比較は成年後見人の費用で詳しく整理しています。
よくある失敗
- 目的があいまいなまま契約する:契約に売却の権限が入っていないと、いざ実家を売ろうとしても売れないことがあります。
- 予備の受託者を決めない:受託者が病気になると、信託が動かなくなるおそれがあります。
- 兄弟に説明しない:相続のときに、受託者だった兄弟が財産を独占していたと疑われる原因になります。
- 税金を確認しない:受益者を親以外にすると、贈与税の対象になることがあります。
- ひな型をそのまま使う:家族の事情に合わない条項のまま契約すると、変更も難しくなります。
家族信託とあわせて、元気なうちに話しておくこと
家族信託で決められるのは、信託した財産の管理と処分です。親が元気なうちに家族で話しておきたいことは、ほかにもあります。それぞれ、費用の目安と頼む先の比べ方を別の記事で整理しています。
- 実家をどうするか:親が住み続けたまま現金化する方法は「実家のリースバック」で、通常の売却と比べています。売る場合の査定や媒介契約の進め方は「相続した実家の売却の流れ」のステップ3〜5が参考になります。
- お墓をどうするか:継ぐ人がいない、遠方でお参りが難しいといった場合は、「墓じまいの費用と改葬許可の流れ」で費用の内訳と手順を確認できます。
- 葬儀をどうするか:「葬儀社の選び方」で、事前に見積もりを取るときの確認項目をまとめています。
- 離れて暮らす親の様子:「親の見守りサービス」で、タイプごとの違いを比べられます。



