親の判断能力が低下すると、銀行での大きな手続きや、実家の売却・介護施設の契約などを本人が行えなくなることがあります。そのときに使われるのが成年後見制度(法定後見)です。
この制度は、始めると費用がかかり続けることや、家族が自由に財産を使えなくなることがあるため、仕組みを知ってから検討することが大切です。このページでは、申立てにかかる費用、後見人の報酬、親族が後見人になる場合との違い、任意後見・家族信託との比較を、裁判所の公表資料をもとに整理します。
なお、2026年6月24日に成年後見制度を見直す改正法が公布されました[4]。改正の内容は後半で説明します。
成年後見制度とは
成年後見制度は、認知症・知的障害・精神障害などで判断能力が十分でない人を、家庭裁判所が選んだ後見人等が支える制度です。現行制度には大きく2つあります。
- 法定後見:判断能力が低下した後に、家庭裁判所に申し立てて後見人等を選んでもらいます。判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。
- 任意後見:判断能力があるうちに、将来の支援者(任意後見人)と内容を公正証書の契約で決めておき、判断能力が低下したら家庭裁判所が任意後見監督人を選んで効力が生じます。
最高裁判所の「成年後見関係事件の概況」によると、2025年の申立件数は43,159件で、開始原因の約61.3%が認知症でした[2]。
厚生労働省が公表した推計(九州大学 二宮利治教授らの研究)では、2025年の認知症の高齢者は約471.6万人、軽度認知障害(MCI)の高齢者は約564.3万人とされています[6]。親の判断能力の低下は、どの家庭にも起こりうることです。
申立てにかかる費用(1回のみ)
申立ての実費は、収入印紙(申立手数料800円・登記手数料2,600円)と郵便切手、診断書代、戸籍などの手数料が中心です。
申立手数料 + 登記手数料 + 郵便切手 + 医師の診断書 + 戸籍謄本・住民票など + 鑑定費用 = 総額
申立手数料(収入印紙)[1]
800円
登記手数料(収入印紙)[1]
2,600円
後見の登記に使う
郵便切手
家庭裁判所により異なる
申し立てる裁判所のサイトで確認する
医師の診断書
医療機関により異なる
家庭裁判所の書式で作成してもらう
戸籍謄本・住民票など
市区町村の手数料
鑑定費用(必要な場合のみ)[2]
2025年は約85.8%の事件で10万円以下
鑑定を実施したのは約3.4%
総額
収入印紙3,400円+郵便切手・診断書代など
※司法書士や弁護士に申立書類の作成を依頼すると、別途報酬がかかります。
最高裁判所の統計では、2025年に終局した事件のうち鑑定を実施したのは約3.4%で、鑑定費用は約85.8%の事件で10万円以下でした[2]。
申立書類の作成を司法書士や弁護士に依頼すると、別途報酬がかかります。報酬額は事務所ごとに異なるため、依頼前に見積もりを取ってください。収入や資産が少ない場合は、法テラス(日本司法支援センター)の民事法律扶助で費用の立替えを受けられる場合があります。
後見人への報酬(毎年かかる費用)
専門職が後見人に選ばれると、家庭裁判所が決めた報酬が、本人の財産から支払われ続けます。
報酬は家庭裁判所が決める
弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門職が後見人に選ばれた場合、後見人は家庭裁判所に報酬付与の申立てをし、裁判所が審判で報酬額を決めます。
報酬は本人の財産から支払われます。家族が払うものではありませんが、本人の財産は報酬の分だけ減っていきます。
裁判所が公表している報酬の実情
最高裁判所は、2025年7月〜12月に終局した報酬付与申立事件を集計し、流動資産額(現金・預貯金・有価証券の合計)別の報酬付与額の割合を公表しています[3]。親族以外の成年後見人で、付加報酬(特別な業務への上乗せ)を求めなかった事件では、次のとおりでした。
| 本人の流動資産額 | 最も多かった報酬付与額の帯 | その割合 |
|---|---|---|
| 100万円以上500万円未満 | 20万円台 | 約80.2% |
| 500万円以上1,000万円未満 | 20万円台 | 約80.6% |
| 1,000万円以上5,000万円未満 | 30万円台 | 約54.0% |
| 5,000万円以上1億円未満 | 60万円台 | 約50.3% |
| 1億円以上 | 70万円台 | 約43.0% |
報酬付与額は、審判で決まった報酬付与対象期間(多くは1年程度ですが、それより長い・短い事件も含みます)の報酬額です。財産額が多いほど報酬も高くなる傾向があります。不動産の売却や遺産分割など特別な業務があった場合は、付加報酬が認められることもあります。
報酬を払うのが難しい場合
本人の収入や資産が少ない場合、市区町村が後見人等の報酬を助成する「成年後見制度利用支援事業」を設けていることがあります。対象や金額は市区町村ごとに異なるため、地域包括支援センターや市区町村の窓口で確認してください。
親族後見人と専門職後見人の違い
申立書には後見人の候補者を書けますが、誰を選ぶかは家庭裁判所が決めます。
最高裁判所の統計では、2025年に選ばれた後見人等のうち、親族は約16.4%、親族以外は約83.6%でした。親族以外の内訳は、司法書士11,966件、弁護士8,903件、社会福祉士7,280件などです[2]。
| 比べる項目 | 親族後見人 | 専門職後見人 |
|---|---|---|
| 報酬 | 請求しないことも多い。請求すれば家庭裁判所が決める | 家庭裁判所が決めた額を本人の財産から支払う |
| 監督 | 後見監督人が選ばれることがあり、その報酬も本人の財産から支払う | 家庭裁判所が直接監督 |
| 家族の負担 | 財産目録・収支の記録と家庭裁判所への報告が必要 | 事務は専門職が行う |
親族が後見人になっても、家庭裁判所への定期的な報告が必要です。通帳の記録や領収書の保管など、事務の負担は小さくありません。財産が多い場合や親族間で意見が分かれている場合は、専門職が選ばれやすいとされています。
申立てから後見開始までの流れ
申立ての準備から登記まで、次の4つの段階で進みます。
準備
主治医に家庭裁判所の書式で診断書を作成してもらい、戸籍・住民票、財産や収支の資料をそろえて申立書を作ります。
申立て
申し立てできるのは、本人・配偶者・四親等内の親族・検察官・市区町村長などです。
審理
家庭裁判所が申立人や候補者、本人から事情を聞きます。必要に応じて鑑定を行い、親族に意向を確認することもあります。
審判・登記
家庭裁判所が後見開始の審判をし、後見人を選びます。審判が確定すると、法務局に登記されます。
全体:2025年は約71.1%の事件が2か月以内、約93.8%が4か月以内に終局
申立人と申立先は裁判所の案内[1]、期間は最高裁判所の統計[2]によります。この間、本人の口座の大きな手続きは止まったままになることがあります。入院費や施設費の支払いが迫っている場合は、早めに家庭裁判所の手続案内や地域包括支援センターに相談しましょう。
申立ての前に準備しておくもの
家庭裁判所の案内では、主に次のような書類が必要です[1]。細かな書式や部数は裁判所ごとに異なるため、申し立てる家庭裁判所のサイトで「申立ての手引」を確認してください。
- 申立書と、申立ての事情を説明する書類
- 本人の戸籍謄本(発行から3か月以内のもの)
- 本人の住民票または戸籍附票
- 後見人の候補者の住民票または戸籍附票
- 家庭裁判所の書式による医師の診断書(発行から3か月以内のもの)
- 本人の財産目録と、預貯金通帳の写し・不動産の登記事項証明書など財産の資料
- 本人の収支予定表と、年金額の通知書・施設の利用料の領収書など収支の資料
- 本人が成年後見などの登記をされていないことの証明書
通帳の写しや収支の資料は、家族が普段から把握していないと集めるのに時間がかかります。親が元気なうちに、口座や保険、年金の一覧を作っておくと、どの制度を使う場合でも役立ちます。
後見人になると何をするのか
後見人が選ばれると、まず本人の財産を調べ、原則として1か月以内に財産目録を作ります(民法853条)[5]。その後は、次のような仕事を続けます。
- 財産の管理:預貯金の入出金、年金の受取り、公共料金や施設費の支払い、不動産の管理
- 契約などの手続き:介護サービスや施設入所の契約、入院の手続き、要介護認定の申請
- 記録と報告:収支の記録と領収書の保管、家庭裁判所が求める時期の報告書の提出
後見人ができるのは、財産管理と契約などの法律行為です。食事や入浴の介助など、実際の介護を後見人が行うわけではありません。
後見が始まってから家族が知っておくこと
後見が始まると、本人の財産は本人のためにだけ使われ、家族の判断では動かせなくなります。
- 本人の財産は本人のためにだけ使います:孫へのお祝いや家族の生活費を、本人の財産から出すことは原則としてできません。
- 自宅の売却には家庭裁判所の許可が必要です:本人が住んでいた家を売ったり貸したりするには、家庭裁判所の許可を受けなければなりません(民法859条の3)[5]。
- 現行制度では途中でやめにくい:後見人の辞任や交代には家庭裁判所の許可などが必要で、本人の判断能力が回復しない限り後見は続きます。
自宅の売却を考えている場合、査定や媒介契約の進め方は「相続した実家の売却の流れ」のステップ3〜5が参考になります。介護保険のサービスをこれから使う場合は「介護保険の申請の流れ7ステップ」、離れて暮らす親の様子が心配な場合は「親の見守りサービス」もあわせてご覧ください。
任意後見・家族信託・法定後見の比較
親がまだ元気なうちなら、法定後見以外の準備もできます。
| 比べる項目 | 家族信託 | 任意後見 | 法定後見 |
|---|---|---|---|
| 始める時期 | 判断能力があるうちに契約 | 判断能力があるうちに契約し、低下後に効力発生 | 判断能力が低下した後に申立て |
| 誰が支援者を決めるか | 本人が契約で決める | 本人が契約で決める | 家庭裁判所が選ぶ |
| 対象 | 信託した財産の管理・処分のみ | 契約で定めた財産管理と、介護・医療の契約など | 財産管理と、介護・医療の契約など |
| 家庭裁判所の関与 | 原則なし | 任意後見監督人を通じて関与 | 直接監督 |
| 継続的な費用 | 契約内容による(監督する人を置けばその報酬) | 任意後見監督人の報酬 | 後見人(監督人)の報酬 |
家族信託は、財産の管理・処分を家族に任せる契約で、実家の売却などを柔軟に進めやすい一方、介護施設の入所契約のような「身上保護」はできません。
任意後見は身上保護も含められますが、効力が生じると家庭裁判所が選ぶ任意後見監督人が付きます。どちらも、本人に契約する判断能力があるうちしか使えません。費用の詳細は家族信託の費用相場と進め方で整理しています。
2026年の法改正で何が変わるか
法務省によると、成年後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が2026年6月17日に成立し、6月24日に公布されました。成年後見制度の見直し部分は、公布の日から2年6か月を超えない範囲で政令で定める日に施行されます[4]。
主な内容は、現行の「後見」と「保佐」を廃止して「補助」に一元化し、本人にとって必要な範囲で制度を利用できるようにすることです。
相談先
- 家庭裁判所の手続案内:申立ての方法や必要書類の案内
- 地域包括支援センター・市区町村:制度の紹介、利用支援事業の確認
- 法テラス:法律相談、費用の立替え(要件あり)
- 司法書士・弁護士・社会福祉士の団体:専門職への相談



